The dark and light day












 雨が降っていた。
 青年は傘も差さずにぼんやりと町中を歩いていた。そこに、青年に気付いた白髪の男…銀時がやってきた。
「あれ、沖田君?傘も差さずに何やってんの?」
 銀時は訝しんで青年…総悟に尋ねる。総悟は銀時を見上げて、やっと彼の存在に気付いた様子だった。
「え…、旦那…?…は、何やってんでしょうねェ…。」
 自嘲気味に呟いて、総悟は苦しそうに顔を歪ませる。
「っ……。かはっ…。」
 総悟は口に手をあてた。そこからは血が溢(こぼ)れ、銀時は目を見開く。
「またか……。」
 総悟は掌についた血を見て呟き、そのまま意識を手放して、銀時の方へ倒れかかってきた。
「ちょっ…、沖田っ?おい、どうしたっ!?沖田っ!」
 慌てて総悟を抱き止めて、銀時は総悟を呼ぶ。だが総悟から返事はなかった。


「総悟ー。総悟っ!」
 土方は総悟を呼ぶ。だがいくら呼んでも返事がない。そこにたまたま通りかかった
山崎は心配そうに土方に聞く。
「…どうかしたんですか…?」
「総悟が見当たらないんだよ。、屯所内捜したんだけどよ。…いないようなんだよ。」
「沖田さん、いないんですか!?…っ、あの人はっ…―――!捜しに行ってきます。」
「待て…―――!」
 顔を歪めて呟いたと思ったら、山崎は踵を返して玄関に向かおうとする。
土方は慌てて山崎の腕を掴んで引き止める。
「…まだ、いなくなったわけじゃねェし。…傘も、あったしよ。」
 山崎は土方に向き直り、真剣な声で告げる。
「…傘も差さずに出てしまった可能性もあります。それで風邪を引かれたら困りますから。
土方さんは屯所にいてください。…見つかったら、ご連絡を。」
 淡々と真顔で、だけど声は真剣に言う山崎に、土方はなすすべもなく、ただ一言だけ言った。
「……ああ。」
「…では、行ってきます。」
 山崎は自室に戻り、総悟に飲ませている薬を引っ掴み、傘を持って山崎は町に繰り出した。
「―――沖田さんっ!(自分の身体の調子が悪いことぐらいわかっているはずなのに、
何処に行ってしまったのですか、沖田さん…―――!)」


「ん……。」
「…よぉ、やっとお目覚めか。」
「……旦那…?」
 まだ意識がはっきりしない状態で銀時を認識する。
「安心しな。ここは万事屋。今日は新八も神楽も来なねぇから、俺だけだ。」
「…そう、ですかィ。」
 総悟が聞きたいことを察し、銀時は告げる。総悟も意識ははっきりとしてき、頷く。
「…お前は、なんで雨の中傘も差さずに出歩いていたんだ。」
 まず銀時は思っていたことを質問する。
「…なんででしょうねェ。気が付いたら外にいた、とでも言っておきましょうかねィ。
自分でもわかりませんからねィ。」
 総悟は肩を竦めて答える。銀時は総悟を見て、呟く。
「………嘘、だな。」
「………。」
 総悟は見下ろしてくる銀時を見上げる。しばらく見つめていた総悟は、ため息をついて言った。
「…旦那には勝てませんねィ。……本当は、死にたかったんでさァ。」
「死にたかった…?」
 物騒な言葉が総悟の口から飛び出てきて、銀時は顔を顰める。
「俺が死ねば、あの人は泣くでしょう。…泣いて、欲しいんでさァ。」
「あの人って、土方か…?」
 だからといって、何故土方に泣いて欲しいのだろう。
「あの人達、山南さんが死んでから泣いたことないんですぜ?別に、悲しかったら泣けばいいのに。
…だから、俺が死ねば、あの人達は泣くでしょう。」
「………それだけじゃ、ねェよな。おまえの、その…」
 その時、玄関の扉をドンドンッと叩く音が、銀時の言葉を遮る。
「…ちっ。誰だよ…。少し待ってろ、見てくる。」
 舌打ちをして銀時は立ち上がり、玄関口へ向かった。


「――――…っ。」
 山崎は町に出てから、総悟が行きそうな場所を捜したのだが、何処にも総悟の姿はなかった。
それで最後に行き着いた場所は、万事屋だった。山崎は万事屋を見上げ、階段を駆け上がり、扉を叩いた。
「…旦那っ!旦那、いらっしゃいませんか!?こちらに、沖田さんがいらしていませんかっ?」
 山崎は声を張り上げ銀時が出てきてくれないかと待つ。
するとすぐに銀時がうざったそうな表情で扉を開けた。
「はいはい、誰ですか…あ…?山崎…?」
「旦那っ!沖田さんが、沖田さんがいらしてませんかっ?」
 切羽詰った声で聞いてくる山崎に、一瞬驚いた銀時だったが、肩を竦めて奥を示す。
「…上がんな。さっき目覚めた所だから。」
「来てるんですかっ…?……よかった。」
 山崎はほ…、と安堵のため息をついた。銀時はそんな様子を見て、1歩横にずれて入るよう促す。
「…入んな。」
「…あ、失礼します。あ、旦那、コップと水を用意してもらっていいですか?」
「ああ、うん。」
「あ、沖田さんはどこに…。」
「和室。入って左。」
 山崎は言われたとおりに和室に行く。
「―――沖田さんっ!」
「!山崎…?」
 此処に来るとは思っていなかったのだろう。山崎が姿を現して、総悟は驚いているようだった。
山崎は総悟の枕元に寄る。
「身体が悪いのに雨の中傘も差さずに出歩くなんて何考えてんですか。…無事で、よかった。」
「………。」
 総悟は驚いていたが、すごく心配してくれたことがわかり、ふっ、と苦笑いをする。
「すまねェ、山崎…。」
「水持ってきたよ〜、山崎君。」
 そこにコップに水を入れて持ってきた銀時がやってきた。
「ありがとうございます。沖田さん、薬持ってきたので飲んでください。」
 懐から薬を出して山崎は総悟に薬と、銀時から受け取ったコップを手渡す。
「ん…。」
 総悟が薬を飲むのを確認して、山崎は総悟がきている着物に目が留まった。
「あれ…、旦那が着替えさせてくれたんですか?」
「あ?ああ…、だってコイツビショ濡れだったし、血も吐いたし。そのままにして風邪引かれちゃ困るし。
…それに、これ以上病状悪化させられねえだろうしな。」
 山崎はいつも総悟がきているものではなかったので、銀時に質問する。
銀時は淡々と答えていたが、最後の言葉は鋭さがあった。
「「!」」
 よっこらせ、と腰を下ろした銀時を、2人は見つめる。
「旦那…、どうして…」
 山崎が困惑した顔で聞き返そうとしたが、銀時はいつも着ている、その辺にほっぽらかしていた
白い着物を引っ掴み、バッと2人に突き付ける。
「「!」」
「…鮮血ってのは、こんなキレーな色してねえんだよ。これは鮮紅色…吐血じゃねえ、喀血だ。」
 銀時は冷たく言い放って2人を見る。2人は何も言わず、ただ着物を見つめる。
「…このこと、近藤や土方は知ってんのか。」
「……いいえ、知りやせん。教えてねェですから。」
 銀時はその答えを聞いて顔を顰め、山崎を見る。
「山崎は、知ってんのか。」
「知ってますぜ。山崎は医者の出ですからねィ。俺の咳だけでバレましたさァ。」
「沖田さん…。」
 山崎が答えるのではなく、総悟が間髪を入れずに答えた。だが銀時は疑問を抱き、
「何で近藤や土方に知らせない?重大なことだろうが。」
山崎に聞こうとしたが、これまた総悟が答えた。
「俺が秘密にしてくれって頼んだんでさァ。あの人達が心配して、真選組がやっと
機動に乗ってきたっていうのに、足を止めちゃいけねェ。」
 総悟が言っていることも確かにそうなのだろう。
だが言わないことで余計に心配をかけていないのだろうか。
「…沖田さん、もう此処まできてしまったのでは、あの人達に隠し通すことは難しいですよ。」
「……ああ。」
 少し辛そうな表情で山崎は告げる。総悟は顔を俯かせて頷いた。
「…旦那、もうお察しでしょうが、彼の病気は労咳です。…治ることは無いに等しいでしょう。
今の医療技術じゃ、治してあげられない…。」
 山崎はくやしそうに掌を握り締める。
「……サンキュ、山崎。…帰りましょうかィ。」
「え…、身体の方は大丈夫なんですか…?」
 総悟は静かに感謝の言葉を述べる。とても心配してくれているのが解るから。
帰ろうと言った総悟を山崎は心配そうに見る。
「別に無理しなくてもいいんじゃないの?泊まってっていいぜ?今日は誰も来ねぇし。」
 今まで口を挟まなかった銀時が、総悟の身体を思って泊まるように言ったが、総悟は首を振る。
「いいえ、帰りやす。…あの人達に、言わないといけませんから。」
 山崎が言ったように、もう隠すことは出来ないのだろう。帰ることを決めた総悟を見てから、山崎は
携帯電話を取り出して通話ボタンを押した。
「…あ、山崎です。…ええ、見つかりました。今から帰ります。万事屋まで1台車を出してくれますか?
…ええ、はい、では、お願いします。…すぐ来てくれるそうです。」
 話し相手は多分土方だろう。山崎は振り返り総悟に言った。
「…そうかィ。」
 それから20分後。車が来たらしく、総悟と山崎は玄関に向かう。
「着物はいつでもいいから。」
 見送りに銀時も玄関に向かう。
「ええ。…旦那、ありがとうございやした。」
「…元気になったら、また来な。」
 銀時なりの励ましの言葉だろう。総悟は微かに微笑った。
「ご迷惑お掛けしました。…それでは。」
「ああ。…ちゃんと診てやれよ。」
 銀時が言った意味がわからなかった山崎だが、銀時の言った意味が解り、彼の眼を見て言う。
「…はい。ありがとうございました。」
 頭を下げて、2人は万事屋を去っていった。


 屯所に着き、山崎の肩に寄りかかって寝ていた総悟をそっと揺らして山崎は起こす。
「…沖田さん。屯所に着きましたよ。」
「―――…ん…。……ああ。」
 車から降りて、山崎は総悟を支えるように傍らに立つ。屯所の入口には、近藤と土方が待っていた。
「…局長、副長も。傘ぐらい差してくださいよ。…あなた達に風邪を引かれてしまったら、
此処はまとまりませんよ…?」
 2人が帰ってくるのを傘も差さずに待っていたのだろう。近藤も土方も濡れている。
山崎は苦笑して言った。
「総悟、大丈夫か…?」
「大丈夫ですぜィ。」
 心配して聞いてきた近藤に、総悟は微かに微笑って答える。今まで何も言わなかった土方は、
総悟に近づいていきなり抱き上げ、屯所内に入ろうとする。
「っ…!?ちょっ…、土方さんっ、下ろしてくだせェ。歩けまさァ。」
「うるせェ、黙れ。」
「っ…―――。」
 慌てて総悟は下ろしてくれるように言ったが、問答無用で土方にドスの効いた声で一蹴され、
総悟は黙ってしまう。歩いていく土方に、山崎は慌てて追いかけ傘を差し出す。総悟が濡れることを
心配してのことだろう、自分が濡れることをいとわなかった。


 総悟の自室にて。総悟を布団に寝かせて、その周りを近藤、土方、山崎が囲む。
「…総悟、お前、何を俺達に隠している…?」
 近藤は静かに、総悟に聞く。総悟は少し黙っており、覚悟を決めたようで話し出す。
「……労咳、でさァ。」
「っ……。…治るのか……?」
「治りやせん。…山崎ィ、余命どれぐらいでしたっけ?」
「…短くて、1年。長くて、2・3年です。」
「…山崎は、知ってたのか…?」
 わずかな希望も消えて、近藤は辛そうに聞いてくる。山崎は目線を合わせずに言う。
「……申し訳ありません。」
「何で、言わなかった…?」
「俺が、黙ってくれって、頼んだんでさァ。山崎を、責めないでやってくだせェ。」
「……そうか。…ゆっくり、休め。」
 総悟の気持ちがなんとなく解った気がして、近藤は総悟の頭をくしゃり、と撫でて部屋を出ていった。
「あ…、俺も、失礼します。」
 山崎も頭を下げて部屋を退室した。そこに残されたのは土方と総悟。しばし沈黙が流れる。
総悟は起き上がり、一言も話さない土方に呼びかける。
「……土方さ…」
「―――…何で、言わなかった…?」
 土方は総悟を抱き締め、呟くように言った。一瞬総悟は驚いたが、土方の温かさに少し安心した。
「…心配、掛けたくなかったんでさァ。」
「…言わないと、余計心配することもあるだろうが。」
「すみやせん。」
「……何処にも行くなよ。」
「…ええ。」
 少し悲痛の色を帯びた声で土方は呟く。総悟はそれが叶う可能性が低いと知りつつ頷き、
ふと思ったことを土方に聞く。
「…土方さん、俺が死んだら、アンタは泣いてくれますか…?」
「馬鹿野郎。そんな縁起でもねェこと言ってんじゃねえよ。…少しでも、長く生きろ。」
 土方は総悟を強く抱き締めて、生きて欲しいと言う。総悟は少し呆然としていたが、土方の
背に手を回して、抱き締め返す。総悟は、微笑って返事をした。彼の頬に、一筋の涙が流れたのだった。
「はい…―――。」


             暗闇に居る僕等は、生きるために光の差す場所へ走り続ける…――――


                                                            終しまい



後書き
…異様に長くなってしまった。
全体にシリアスですが、まあよく書かれる話ですかね。
でも実際の沖田総司は労咳でしたしね。
余命とかどの位なのでしょうね。適当に書いてしまいましたが。
だけど銀魂の沖田にはありえなさそうですね。
そして少し真選組の過去捏造。山南さんはいい人ですよ!
(H18.8.10.)

Photo:空色地図様